半導体の記事を読んでいると、必ずこの言葉にぶつかります。

ウェハー

写真では、銀色に光る円い板として写っています。ただ、それが何なのか、なぜ円いのか、どこから来たのかまでは、なかなか書いてありません。

私も最初は「そういう部品があるんだな」と流していました。半導体メーカーで働きはじめて、社内の会話に何度も出てくるので、ようやく腰を据えて調べたという順番です。

結論から書きます。ウェハーとは、チップを作り込むための円い板のことです。 材料は、砂に含まれるありふれた物質。ここを押さえると、業界のニュースの読み方が変わります。

まず結論:ウェハーは「半導体を作る下地」

半導体のチップは、いきなり四角い部品として生まれるわけではありません。まず大きな円い板を用意して、その表面に回路をびっしり作り込みます。

作り終えたら、板を細かく切り分けます。切り出された一つひとつが、私たちがチップと呼んでいるものです。

つまりウェハーは製品そのものではなく、製品を載せる下地にあたります。板の状態で工程を進めるのは、一度にたくさん作れるからです。

クッキーの生地を大きく一枚に伸ばして、型で抜いていく。あの流れに近いと考えると、頭に入りやすくなります。

なぜ「シリコン」なのか

ウェハーの材料は、ほとんどの場合シリコンです。日本語ではケイ素と呼ばれます。

地球にたくさんある

シリコンは、地殻を構成する成分として非常に多く存在します。原料になるのは珪石で、砂や石に含まれているありふれた物質です。

材料が手に入りにくいと、産業として成り立ちません。豊富にあることは、それだけで大きな条件になります。

電気の通し方がちょうどいい

もうひとつの理由が、電気的な性質です。金属のようによく電気を通すわけでもなく、ゴムのようにまったく通さないわけでもない。条件によって通したり通さなかったりする、その中間の性質を持っています。

この「切り替えができる」性質こそが、半導体という名前の由来です。通しっぱなしでも、遮りっぱなしでもない。だから計算やスイッチに使えます。

扱いやすい

加工の技術が長年かけて積み上がっていることも見逃せません。新しい材料に乗り換えるには、その分の技術をゼロから育て直す必要があります。

砂から板になるまで、大きく3段階

ここが個人的にいちばん驚いた部分です。ありふれた石が、あの銀色の円盤になるまでには長い道のりがあります。

1. シリコンを取り出して、純度を上げる

まず原料からシリコンを取り出します。ただし、この時点ではまだ不純物が混ざっています。

半導体に使うには、この不純物を極限まで減らす必要があります。よく引き合いに出されるのが「イレブンナイン」という表現で、99.999999999%といった水準の純度が求められると言われます。

なぜそこまで求められるのか。ごくわずかな不純物が、電気の流れ方を狂わせてしまうからです。回路が細かくなるほど、その影響は大きくなります。

2. 大きな結晶の塊を育てる

次に、純度を上げたシリコンを溶かして、そこから大きな結晶を育てます。できあがるのは、円柱の形をした塊です。これをインゴットと呼びます。

ここで重要なのが、原子の並び方をきれいに揃えることです。バラバラに固まったものではなく、規則正しく並んだ単結晶である必要があります。

並びが乱れていると、その部分で電気の流れが変わってしまいます。時間をかけてゆっくり育てるのは、この並びを崩さないためです。

3. 薄く切って、鏡のように磨く

できあがった円柱を、薄く輪切りにします。これでようやく円い板の形になります。円いのは、元が円柱だからです。

切っただけでは表面がざらついているので、最後に磨き上げます。回路を作り込むには、表面がとてつもなく平らである必要があるためです。

写真で見る鏡のような光沢は、この工程を経た結果です。あの輝きは、飾りではなく必要条件だったわけです。

サイズの話:なぜ「12インチ」と言うのか

業界のニュースでは、ウェハーの大きさが直径で語られます。現在の主流は直径200mmと300mmで、それぞれ8インチ、12インチと呼ばれます。

大きいほど、一度に多く取れる

板が大きくなれば、そこから切り出せるチップの数が増えます。同じ手間で採れる数が増えるので、単価を下げやすくなります。

ピザを想像すると分かりやすいかもしれません。大きな生地から切り分けたほうが、一枚あたりの手間は減ります。

それでも簡単には大きくできない

では、もっと大きくすればいいのかというと、そう単純ではありません。

大きな結晶をきれいに育てること自体が難しく、装置も作り直しになります。工場ごと入れ替えるほどの投資が必要になるため、サイズの移行は業界にとって大事件です。

ニュースで「300mm対応の新工場」と出てきたら、それは桁違いの投資が動いたという意味だと読めます。

ここは日本のメーカーが強い分野

半導体というと海外企業の名前ばかり挙がりますが、ウェハーに限れば景色が変わります。信越化学工業やSUMCOといった日本の企業が、世界的に存在感を持っている領域です。

理由は、これまで見てきた工程の性質にあります。純度を極限まで高める、結晶の並びを乱さずに育てる、表面を極限まで平らにする。どれも地道な積み上げがものを言う仕事です。

短期間で追いつくのが難しい種類の技術であり、だからこそ長く強い立場を保てているのだと、社内の会話を聞いていて感じます。

1枚から何個取れるのか

板が大きいほど有利という話をしましたが、実際に何個取れるのかは単純な割り算では決まりません。

円から四角を切り出すと、端が余る

チップは四角、板は円。この形の違いから、外周部分にはどうしても中途半端な余りが出ます。四角い紙から丸を切り抜くと端切れが出るのと、ちょうど逆の関係です。

板が大きくなると、この余りが全体に占める割合は下がります。サイズを上げたい理由のひとつがここにあります。

それでも円い形をやめない理由

では四角い板にすればいいのかというと、そうはいきません。結晶を育てる工程で自然にできあがる形が円柱だからです。

無理に別の形にしようとすれば、あの純度と並びを保てなくなります。形は目的ではなく、作り方の結果だということです。

全部が製品になるわけでもない

さらに、切り出したチップがすべて使えるとは限りません。ごく小さな欠陥があるだけで、そのチップは使えなくなります。

使える割合のことを歩留まりと呼びます。この言葉は社内でも頻繁に飛び交います。同じ枚数を投入しても、良品の数が違えば損益はまるで変わるためです。

回路が細かくなるほど、わずかな欠陥が効いてきます。工場の清潔さに神経を使う理由も、ここにつながっています。

シリコン以外の材料もある

ここまでシリコンの話をしてきましたが、用途によっては別の材料が使われます。

SiC(炭化ケイ素)

高い電圧や高い温度に強い性質があり、電力を扱う用途で使われます。電気自動車や産業用の機器といった、大きな電力を制御する場面が代表例です。

GaN(窒化ガリウム)

高い周波数を扱うのが得意な材料です。通信機器や、小型で高出力の充電器などに使われています。

これらは、パワー半導体と呼ばれる分野と深く関わります。分類の全体像はロジック・メモリ・パワーの違いを解説した記事で扱いました。

ただし、量で見ればシリコンが圧倒的です。用途に応じて使い分けられている、と捉えておけば十分だと思っています。

経理の目から見ると、どう映るか

ここは私の職業病の話です。管理部門から眺めると、この板はまったく違う姿に見えます。

在庫としての重み

ウェハーは工程を進むほど価値が上がっていきます。何もされていない板と、回路を作り込んだ後の板では、金額がまるで違います。

つまり工場の中には、進み具合の違う在庫が常に並んでいることになります。どの段階でいくら乗っているのかを把握するのが、原価計算の仕事です。

不良が出たときの重さ

工程の後半で不良が見つかると、そこまでに積み上げた費用がまとめて失われます。同じ1枚でも、失う金額は工程の進み具合で変わります。

「早い段階で見つけたい」と現場が言う理由を、私は数字の側から理解しました。品質の話は、そのまま損益の話でもあるわけです。

設備の重さ

そして装置です。工場に入る装置の金額を初めて見たときは、桁を数え直しました。減価償却として毎期の損益に効いてくるため、投資の判断は会社全体を左右します。

文系がここを押さえると、何が読めるようになるか

用語を覚えること自体が目的ではありません。仕事やニュースで何が見えるようになるか、が大事です。

ニュースの意味が具体的になる

「ウェハーの供給が逼迫している」という記事を読んだとき、これまでは素通りしていました。今なら、結晶を育てるところから時間がかかる工程だと知っているので、すぐには増やせない事情まで想像できます。

会社の位置づけが分かる

半導体業界と一口に言っても、材料を作る会社、装置を作る会社、チップを設計する会社、製造する会社と役割が分かれています。ウェハーを知ると、この地図の入口に立てます。

それぞれの役割の違いはファウンドリ・ファブレス・IDMとは?に整理しました。

数字の重みが分かる

先ほど触れたとおり、この業界はお金の動きが大きい分野です。ニュースに出てくる金額を「大きいな」で終わらせず、どこに効くのかまで想像できると、読み方が一段変わります。

ウェハーをめぐる仕事——文系はどこで関わるのか

ここまで読むと、技術者だけの世界に見えるかもしれません。実際は違います。

買う側の仕事

材料は買ってこなければ始まりません。どこから、いくらで、どれだけ確保するのか。供給が細れば生産が止まるため、調達の判断は工場の稼働に直結します。

価格の交渉だけでなく、仕入先を分散させるかどうかといった判断も含まれます。技術の詳細を設計できなくても、務まる仕事です。

計画を立てる仕事

投入する枚数を決めるのは生産管理です。受注の見込みと工場の能力をにらみながら、いつ何枚流すかを組み立てます。

ここで扱うのは主に数字と段取りで、化学式ではありません。

数える仕事

そして私の領域です。何枚投入して、何枚が良品になり、費用がどこにいくら乗ったのか。これを整理して初めて、会社は判断ができます。

現場が「歩留まりが上がった」と言うとき、それが利益にどう効いたのかを数字にするのが管理部門の役目です。技術を作る人と、数字で見る人は別でいいのだと、働いてみて分かりました。

どんな職種があるのかは半導体業界に文系で転職できる?7つの職種にまとめています。

よくある疑問3つ

ウェハーとチップは何が違う?

ウェハーは切り分ける前の板、チップは切り分けたあとの一片です。同じものの、加工前と加工後だと考えてください。ニュースで枚数を語っているときは板の話、個数を語っているときは切り出したあとの話になります。

なぜ工場はあれほど清潔なのか

回路の幅が、目に見えないほど細いからです。空気中に漂う小さな粒でも、その上に落ちれば回路をふさいでしまいます。作業者が全身を覆う服を着るのは、人そのものが粒の発生源になるためです。

清潔さの追求は、見た目の問題ではなく歩留まりの問題でした。ここも数字とつながっています。

使い終わったウェハーは再利用できる?

製品になった板は戻せませんが、装置の調整や試験に使った板は、表面を削り直して再び使う場合があります。再生ウェハーと呼ばれる分野です。

あれだけ手間のかかる材料なので、使えるものは使い切るという発想があること自体、私には納得のいく話でした。

まとめ

  • チップを載せる円い板。それ自体は製品ではなく下地
  • 材料はシリコン。地球に豊富にあり、電気を通したり通さなかったりする性質を持つ
  • 作り方は「純度を上げる → 円柱状の結晶を育てる → 薄く切って磨く」の3段階
  • 円いのは、元が円柱だから。鏡のような表面は必要条件
  • 主流サイズは直径200mmと300mm。大きいほど効率は上がるが、移行には巨額の投資が伴う
  • 地道な積み上げが効く分野で、日本のメーカーが強い

半導体の全体像をつかみたい方は、半導体の種類は3つだけ覚えればOKから読むと順番が整います。作られ方の流れは半導体ができるまで|前工程・後工程にまとめました。

文系でも、ここまでは理解できます。私がそうでした。