このサイトを「文系半導体」と名づけておきながら、いちばん最初の問いを飛ばしていました。
そもそも半導体って、なに
私は文系の出身で、経理として半導体メーカーに入りました。転職の面接を受けた時点で、この問いに答えられませんでした。ニュースで毎日聞く言葉なのに、説明しろと言われると詰まる。同じ状態の方は多いと思います。
入社してから何度も調べ直して、ようやく腑に落ちた順番があります。この記事はその順番のとおりに書きます。数式も化学式も出しません。
混乱の原因は、ひとつの言葉が二つの意味で使われていること
最初にここを片づけないと、何を読んでも噛み合いません。私が長く混乱していた理由がこれでした。
「半導体」という言葉は、次の二つを指しています。
- 材料としての半導体:電気を通したり通さなかったりする、中途半端な性質を持つ物質そのもの
- 製品としての半導体:その性質を利用して作られた、あの黒くて四角い部品
ニュースで「半導体が不足している」と言うとき、指しているのは後者です。物質が足りないのではなく、部品が足りない。ところが辞書を引くと前者の説明が出てくるので、話が繋がらなくなります。
この記事では、前者を「性質の話」、後者を「部品の話」と呼び分けて進めます。
性質の話:通すでも通さないでもない、という立場
身の回りの物質は、電気について二つに分かれます。
金属のようによく通すもの。ゴムやガラスのようにまったく通さないもの。電線は前者を後者で包んで作られています。
ここまでは学校で習った覚えがあるはずです。半導体が立っているのは、その中間でした。名前のとおり「半分」だけ導体、というわけです。
中途半端であることが、なぜ価値になるのか
私が最初に引っかかったのはここでした。中途半端なら、どっちつかずで使いにくいのではないか、と。
実際は逆です。条件によって、通す側にも通さない側にも変えられる。ここが決定的でした。
常に通す金属は、通すことしかできません。常に通さないゴムは、通さないことしかできません。ところが半導体は、外から手を加えると態度を変えます。
つまり電気を操作できるということです。これが、あらゆる電子機器の土台になりました。
部品の話:操作できる、とは要するにスイッチのこと
電気を通したり止めたりできる。それは日常の言葉で言えば、スイッチです。
部屋の照明のスイッチを思い浮かべてください。押せば点き、もう一度押せば消える。半導体で作るスイッチも役割は同じですが、決定的な違いが二つあります。
手で押す必要がない。 電気の信号で切り替わるので、別のスイッチの状態を受けて自動的に動きます。
とてつもなく速く、とてつもなく小さい。 1秒間に何億回も切り替わり、目に見えない大きさで作れます。
このスイッチの部品を、トランジスタと呼びます。半導体の話に出てくる部品の、いちばん基本の単位です。
スイッチが、どうして計算になるのか
ここが文系にとっての最後の壁だと思います。スイッチがたくさんあるだけで、なぜ計算や画像処理ができるのか。
答えは、オンとオフの二つの状態を、数字の1と0に見立てたことにあります。
1と0だけでも、桁を増やせばどんな数でも表せます。二進法と呼ばれる仕組みです。そして足し算や比較といった処理は、スイッチの組み合わせで実現できることが分かっています。
ひとつのスイッチは何もできません。しかし何億個も並べて配線すれば、数を扱い、判断し、記憶する装置になります。単純な部品を、圧倒的な数で並べる。 半導体の考え方は、突き詰めるとこれだけです。
経理の感覚に引き寄せると、伝票1枚には何の意味もありませんが、何万枚も集めて集計すれば会社の姿が見えるのと似ています。数が質に変わる場所がある、ということです。
集積回路という言葉が指すもの
スイッチを何億個も、手で並べることはできません。そこで、小さな板の表面にまとめて作り込みます。
この「まとめて作り込んだもの」が集積回路です。ICと略されます。あの黒い四角い部品の中身がこれです。
作り方は、板を用意して、その表面に回路を焼きつけて、切り分けるという流れになります。土台になる板の話はシリコンウェハーとは?に、工程の流れは半導体ができるまで|前工程・後工程にまとめました。
なぜ「小さくする」ことに、あれほど必死なのか
半導体のニュースで必ず出てくるのが、この競争です。ナノメートルという単位が飛び交います。
私は最初、小さいほど偉いという業界内の見栄のようなものかと思っていました。違いました。小さくすると、三つの利点が同時に手に入ります。
- 速くなる:信号が動く距離が短くなるため
- 電気を食わなくなる:小さいスイッチほど動かすのに要る電力が少ないため
- 安くなる:同じ大きさの板から取れる数が増えるため
三つ目は、経理の目から見ていちばん納得しやすい話でした。1枚の板を作る費用がほぼ同じなら、そこから取れる個数が増えるほど、1個あたりの原価は下がります。
速さと省電力と原価が同時に改善する。だから各社が巨額を投じて競っています。見栄ではなく、そろばんの話でした。
身の回りのどこに入っているのか
入社前の私は、パソコンとスマートフォンの部品だと思っていました。実際にはもっと広い範囲にあります。
家電の制御、自動車、駅の改札、電子レンジのタイマー、カメラの画像処理。電気で動いて、何かを判断している機械には、たいてい入っています。
とくに自動車は台数あたりの搭載数が増え続けている分野です。数年前に世界的な供給の混乱が起きたとき、真っ先に生産が止まったのが自動車でした。「半導体が足りなくて車が作れない」というあのニュースは、こういう構造から出てきています。
用途によって求められる性質が違うため、製品は何種類かに分かれます。その分け方は半導体の種類は3つだけ覚えればOKで整理しました。
誰が作っているのか
もうひとつ、外から見て分かりにくいのが業界の構造です。
設計する会社、製造する会社、製造装置を売る会社、材料を売る会社。これらが全部「半導体の会社」と呼ばれるため、ニュースの中で同列に並びます。
役割の分かれ方はファウンドリ・ファブレス・IDMの違いに、実際の企業がどこに立っているかは半導体の会社、どこが何を作ってる?にまとめてあります。
文系がこの業界に入って、実際に困ったこと
最後に、入門として知っておくと楽になる話を書きます。
困ったのは技術の中身ではありませんでした。会話に出てくる言葉が、日本語なのに意味が取れないことです。工程の名前、部品の略称、社内でしか通じない呼び方。
そのとき助かったのが、今日書いた土台の理解でした。知らない言葉が出てきても、「これは作る側の話か、材料の話か、設計の話か」と置き場所を決められれば、後から調べられます。
逆に土台がないと、単語をいくら覚えても繋がりません。私は最初の数か月をそれで無駄にしました。用語集より先に、全体の形をつかむこと。 これが遠回りに見えていちばん早い道でした。
業界で「石」と呼ばれることがある
社内の会話で戸惑った言い回しのひとつです。製品のことを石と呼ぶ人がいます。
由来は材料にあります。主に使われているのはケイ素という物質で、砂に多く含まれています。英語ではシリコンと呼びます。要するにもとをたどれば砂なので、石という呼び方が残ったのだと聞きました。
この由来を知ってから、業界の話が少し身近になりました。特別な希少物質ではなく、地面にいくらでもあるものを、途方もない手間をかけて純度の高い形に変えている。手間のほうに価値があるということです。
よく聞く言葉を、ここまでの話に置いてみる
ニュースに出る単語を、今日の説明のどこに当たるかで並べ直します。私はこの作業をしてから、記事が読めるようになりました。
- チップ:切り分けたあとの、一つひとつの部品。あの黒い四角の中身
- ウェハー:チップを作り込むための、円くて薄い板。切る前の状態
- トランジスタ:いちばん小さな単位のスイッチ。これを並べたものが回路になる
- プロセス:どれだけ細かく作り込めるかの水準。ナノメートルの数字はここを指す
もうひとつ、頻繁に引き合いに出される経験則があります。同じ面積に載せられるスイッチの数が、一定の期間ごとにおおよそ倍になっていく、という見通しです。半世紀以上前に示されたもので、今も業界の物差しとして語られます。
この見通しが続くかどうかが議論になっているのが、ここ数年の状況です。物理的に小さくする余地が限界に近づいているため、平面ではなく積み上げる方向や、仕上げの工程で性能を伸ばす方向に関心が移りつつあります。
入門として、ここだけ押さえれば足りる三つ
全部を覚える必要はありません。私が今も土台にしているのは次の三つだけです。
- 電気を操作できる物質があり、それでスイッチを作った
- スイッチを膨大な数だけ並べたら、計算する装置になった
- 並べる密度を上げる 競争が、速さと電力と原価を同時に改善する
この三つがあれば、知らない単語に出会っても位置が決まります。逆にこれを飛ばして各論に入ると、何度読んでも定着しません。私がそうでした。
まとめ
- この言葉は、物質の性質と、その性質で作った部品という二つの意味で使われている。ニュースが指すのはたいてい部品のほう
- 物質としては、条件しだいで態度を変える立場にある。この曖昧さが、電気を意のままに扱えるという強みに転じた
- 操作できるということは、要するに電気で動く極小のスイッチが作れるということ
- オンとオフを1と0に見立て、膨大な数を並べることで、計算も記憶も成り立つ
- それを小さな板の上にまとめて作り込んだものが集積回路であり、あの黒い部品の中身
- 小型化に各社が投資するのは、速さと消費電力と原価が同時に良くなるから。見栄ではなく採算の話
- 電気で動いて判断する機械には広く入っている。自動車の生産が止まった一件が分かりやすい例
- 業界には設計・製造・装置・材料という別々の役割が同居している
- 用語を覚えるより、全体の形を先につかむほうが結局は早い
ここまで読めば、業界のニュースの意味は取れるようになります。私が入社前に読みたかったのは、この一本でした。