「半導体材料は日本の独壇場」「素材で世界をリードする日本企業」

半導体の話題で「日本は負けた」という論調をよく見かける一方で、材料の話になると急に「日本は強い」に変わります。最先端のチップを作る競争では海外勢に離されたのに、その材料では日本企業の名前が並ぶ。文系の私には、この対照がずっと不思議でした。

文系で経理ひとすじ、ご縁があって半導体メーカーで働くようになってから、購買部門の人たちと話す機会が増え、この「材料だけ強い」の理由が少しずつ見えてきました。この記事では、半導体の材料にはどんな種類があるのか、なぜ日本の会社が選ばれ続けているのかを、技術ではなく商売の構造と時間の積み重ねの側から整理します。

結論:材料が強いのは「作り方の難しさ」より「変えられなさ」の商売だから

はじめに結論を1文で置きます。半導体材料で日本企業が強いのは、材料が「一度採用されると簡単には変えられない」商売であり、日本企業がその採用を何十年も前から積み重ねてきたからです。

作るのが難しい、品質が高い、という説明はよく聞きますし、それも本当です。ただ、それだけなら他国の会社も追いつけるはずです。追いつけない理由は、材料という商売の「変えにくさ」にあります。この記事の後半でその構造を説明します。まずは、材料にどんな種類があるかから始めます。

半導体の材料は「土台」「描く道具」「削る・洗う薬」「仕上げ」に分けると分かる

前工程・後工程の記事で書いたとおり、半導体はまっさらな円盤に回路を描き込み、それを切り分けて製品に仕上げます。この流れに沿って材料を並べると、4つの箱に分けられます。

① 土台:シリコンウエハー

回路を描く円盤そのものです。シリコンウエハーの記事で扱ったので詳しくは繰り返しませんが、純度と平らさが極端に高い円盤で、日本企業が長年、主要な供給元の一角を占めてきました。

② 描く道具:フォトレジストとマスク

露光装置の記事で、回路を光で焼き付ける仕組みを「日光写真」にたとえました。そのとき光に反応する薬剤が「フォトレジスト」、型紙にあたるガラス板が「フォトマスク」です。とくにフォトレジストは、光の種類ごとに配合を変える必要がある繊細な薬剤で、最先端向けのレジストは日本企業が主要な供給元として知られています。

③ 削る・洗う薬:ガスと薬液

回路を描いたあと、不要な部分を削り、表面を洗い、次の層を積む。この繰り返しに使うのが、各種の特殊ガスと高純度の薬液です。フッ化水素のような薬品は、純度が少しでも低いと回路に欠陥が出るため、極端に高い純度で安定供給できる会社が限られます。

④ 仕上げ:研磨材、封止材、基板

層を積むたびに表面を平らにする研磨用の液体(スラリー)、完成したチップを樹脂で包む封止材、チップを載せる基板。後工程側の材料にも、日本企業の名前が多く並びます。

材料の例 役割
土台シリコンウエハー回路を描く円盤
描く道具フォトレジスト、フォトマスク光で回路を写す
削る・洗う薬特殊ガス、高純度薬液不要な部分を除き、表面を整える
仕上げ研磨材、封止材、基板平らにし、包み、載せる

この4つの箱に、それぞれ日本企業が主要な供給元として入っている。これが「材料は日本が強い」と言われる中身です。なお、具体的な各社のシェアや順位は年によって変わるため、この記事では書きません。

なぜ変えられないのか:材料は「レシピの一部」になる

ここからが本題です。材料メーカーが強い理由を、私が購買部門の人から教わった順に書きます。

採用のたびに、何か月もかけて「レシピ」を作り込む

半導体の工場では、材料をただ買って使うわけではありません。新しい材料を使うときは、温度、時間、装置の設定を細かく調整して、その材料で不良品が出ないように「レシピ」を作り込みます。この作業に何か月もかかります。

いったんレシピができると、材料を別の会社の製品に変えるには、この作業をやり直すことになります。つまり、材料を変えるコストは、材料の値段ではなく「工場の時間」で払う。だから工場側は、よほどの理由がない限り材料を変えません。

たとえ話:老舗の料理人と、決まった醤油

私が腑に落ちたたとえ話です。何十年も同じ味を守る料理人がいるとします。使う醤油は決まっていて、その醤油に合わせて火加減も分量も体に染みついている。安い醤油があると聞いても、味が変わるリスクと、全部の料理を作り直す手間を考えると、簡単には変えない。

半導体の工場も同じです。材料は「安いから」で選ぶものではなく、「この材料で不良が出ない」という実績で選ぶ。そして実績は、長い年月をかけて一緒に作り込んだ会社にしか積み上がりません。

「同じものを、ずっと、ぶれずに」が価値になる

もうひとつ、材料の商売で大事なのは「変わらないこと」です。純度が高い、というだけでなく、今日届いた材料と半年後に届く材料が、まったく同じ性質であることが求められます。少しでも性質が変わると、工場のレシピが狂い、不良品が出ます。

この「ぶれのなさ」は、設備の性能より、製造の管理と長年の運用で決まります。日本の材料メーカーは、この地味な管理を何十年も続けてきた。それが、新規参入の会社がすぐには真似できない差になっています。

お金の流れで見る材料メーカー

このサイトの読者向けに、材料メーカーをお金の流れで整理します。経理の目で見ると、この商売には次の特徴が見えてきました。

  • 単価は小さいが、途切れない:チップ1個あたりの材料費は小さいものの、工場が動いている限り毎日消費される。売上は装置ほど跳ねないが、底堅い
  • 稼働率に連動するシリコンサイクルの記事で書いたとおり、材料の注文は工場の稼働に合わせて動く。装置より先には動かないが、遅れもしない「同時指標」
  • 一度入ると長い:採用された材料は、その製品が作られる限り何年も使われ続ける。1回の採用が長期の売上になる
  • 研究開発が先行投資:次の世代の露光方式や配線材料に合わせた材料を、半導体メーカーと一緒に何年も前から開発する。売上が立つのは実用化のあと

最後の点は、経理として見ていて興味深いところです。材料メーカーの開発費は、売れるかどうか分からない段階で、顧客と一緒に使われます。この「一緒に作る」関係が、次の採用にもつながっていく。装置メーカーとの違いは、装置が「売って終わりではなく保守が続く」商売なのに対し、材料は「採用されてから消費が続く」商売だという点でした。

「強い」は永遠か:材料でも波は来る

ここは冷静に書いておきたい部分です。材料が「変えにくい商売」であることは、逆に言えば、一度変えられたら取り戻すのも難しいということです。

各国が半導体の自国生産を進める中で、材料も自国で調達したいという動きは強まっています。工場が新しい国に建つとき、その工場のレシピが最初から別の会社の材料で作り込まれれば、あとから入り込む余地は小さくなります。日本の材料メーカーが「工場の建つ場所に自分たちも出ていく」動きを見せるのは、この構造を知っているからです。

また、露光方式が大きく変わるタイミングは、レシピが一度リセットされる機会でもあります。新しい方式に合う材料を誰が最初に採用させるかで、次の10年の顔ぶれが変わります。「変えにくい商売」の強さは、変わり目をどう越えるかにかかっています。

文系が材料メーカーを見るときの視点

このサイトの読者には、半導体業界への転職を考えている方も少なくないはずです。材料メーカーは、文系の目で見たときに分かりやすい特徴を持っています。

  • 顧客との関係が長い:一度採用されると何年も取引が続くため、営業や購買、経理のような職種でも、腰を据えて顧客と付き合う仕事になりやすい
  • 業績の振れが装置メーカーより小さい:稼働率に連動する商売なので、好不況の波はあるが、装置ほど極端ではない。文系の職種の記事で触れた「安定して数字を追える環境」に近い
  • 海外拠点が増えている:顧客の工場の近くに出ていく動きが続いており、海外の管理部門や貿易実務の経験が活きる場面が増えている

企業研究のときは、その会社がどの「箱」の材料を持っているか、その材料が最先端向けか汎用向けか、海外拠点をどこに持っているか、の3点を押さえると、会社ごとの違いが見えてきます。私自身、経理として働く中で、材料メーカーとの取引の長さと安定性に、この業界の別の顔を見た気がしています。

ニュースの見出しを、この記事で読み直す

  • 「材料メーカー、海外に新工場」→ 顧客の工場の近くでレシピに入り込みにいく動き。守りの投資
  • 「次世代レジストで採用」→ 変わり目で採用を取った、という意味。数年先の売上の種
  • 「材料の輸出管理を強化」→ 変えにくい商売だからこそ、供給の可否が交渉材料になる。露光装置と同じ構図
  • 「材料メーカーの業績は堅調」→ 工場が動いている限り消費される商売。装置ほど跳ねないが、落ちにくい

用語の整理

  • フォトレジスト … 光に反応する薬剤。回路を写すときの「感光紙」の役目
  • フォトマスク … 回路の設計図が描かれたガラス板。「型紙」の役目
  • 高純度薬液・特殊ガス … 削る・洗う・積むの各工程で使う薬品。純度の安定が命
  • スラリー … 表面を平らに磨くための研磨用の液体
  • 封止材 … 完成したチップを樹脂で包んで守る材料
  • レシピ … 材料ごとに作り込む、工場の加工条件のセット。変えるには時間がかかる

まとめ

  • 半導体の材料は「土台・描く道具・削る洗う薬・仕上げ」の4つに分けると整理できる
  • 日本企業が強い最大の理由は、材料が「一度採用されると変えにくい」商売であること
  • 変えにくさの正体は、材料ごとに何か月もかけて作り込む工場の「レシピ」
  • 純度の高さより「同じものをぶれずに供給し続ける」管理が、新規参入との差になる
  • お金の流れは、単価が小さく途切れず、稼働率に連動し、採用されれば長く続く
  • 変えにくい商売は、変えられたら戻しにくい。工場の新設や露光方式の変わり目が勝負所

「最先端では負けたが材料では強い」という対照は、矛盾ではありませんでした。チップを作る競争は、巨額の投資を何年も続けられるかの競争。材料の競争は、何十年もかけて工場のレシピに入り込み、ぶれずに供給し続けられるかの競争。競争のルールが違うから、強い顔ぶれも違う。そう理解してから、材料のニュースが「日本すごい」でも「日本だめ」でもなく、商売の構造の話として読めるようになりました。

業界の各層にどの会社がいるかは 半導体企業マップ で、材料の中でも土台にあたる円盤の話は シリコンウエハーとは で整理しています。この記事の「4つの箱」と合わせて読むと、材料メーカーのニュースがどの箱の話かを仕分けられます。