半導体という言葉を、多くの人が初めて強く意識したのは、あのニュースだったと思います。
半導体が足りなくて、車が作れない
私はちょうどこの業界に入って間もない頃でした。社内が慌ただしく、外に出ればニュースで同じ話をしている。それなのに、なぜ足りなくなったのかを説明できませんでした。
あとから順を追って調べると、単一の原因ではありませんでした。いくつもの事情が重なった結果です。文系の私が理解できた形で整理します。
結論:ひとつの原因ではなく、重なりで起きた
先に全体像を書きます。大きく分けると三つです。
- 需要が急に落ちて、急に戻った(読み違い)
- 作る側にすぐ増やせない事情があった(構造)
- その最中に事故や災害が重なった(不運)
どれか一つなら耐えられたはずのものが、同時に来ました。そこが要点です。
一つ目:需要の読み違い
世界的に人の動きが止まった時期、自動車が売れなくなると見込まれました。当然の判断です。
発注を絞ったが、想定より早く戻った
自動車メーカーは部品の発注を減らしました。ところが実際には、予想より早く需要が戻ります。あわてて発注を戻そうとしたときには、生産の枠が埋まっていました。
別の分野が枠を埋めていた
同じ時期、家で過ごす時間が増えたことで、パソコンやゲーム機、通信機器の需要が伸びました。自動車が空けた枠に、別の分野が入っていたという構図です。
ここが理解の肝でした。半導体の生産能力は、業界全体で共有されている資源のようなものです。誰かが使わなければ、別の誰かが使います。「戻ってきたから元の枠を返してほしい」が通らない世界だったわけです。
二つ目:作る側の事情
足りないなら増やせばいい。そう思うところですが、この産業ではそれが簡単ではありません。
工場は数か月では建たない
設備に必要な金額が桁違いに大きく、着工から量産までに年単位の時間がかかります。需要が増えてから作り始めても、間に合わないのです。
この構造についてはムーアの法則の記事にも書きましたが、投資の重さがそのまま身動きの取りにくさになっています。
作るのにも時間がかかる
注文を受けてから製品ができるまで、工程そのものに長い時間を要します。板に回路を作り込み、切って組み立て、検査する。この流れは前工程・後工程の記事にまとめました。
「明日から増産」ができない産業だという事実は、外から見ていると分かりにくい部分だと思います。
車に使う種類は優先されにくかった
もうひとつ、業界の内側にいて知った事情があります。自動車向けに多く使われるのは、最先端ではない世代の製品です。
作る側からすると、そうした製品は単価が低く、利幅も小さい傾向があります。限られた設備をどこに割り当てるかとなったとき、優先順位が上がりにくい。冷たい話に聞こえますが、採算で動く以上そうなります。
三つ目:重なった不運
そこへ、個別の出来事が追い打ちをかけました。
国内では、車載向けを手がける工場で火災が発生し、生産が止まりました。海外でも、寒波による大規模な停電で工場が操業できなくなる事態が起きています。
半導体の工場は、一度止まると簡単には戻せません。工程が精密で、環境を整え直すのに時間がかかるためです。数日止まった影響が、数か月に及ぶことがあります。
なぜ「在庫でしのぐ」ができなかったのか
ここは経理として気になった部分でした。足りないなら在庫を持っておけばいい、という話になりそうなものです。
ところが製造業では長く、在庫を持たないことが良いこととされてきました。必要な分だけ必要なときに受け取る考え方です。
在庫は「悪」とされてきた
理由は明快で、在庫はお金を眠らせるからです。保管の費用もかかり、古くなれば価値が落ちます。決算の数字の上でも、在庫が膨らむのは歓迎されません。
その考え方を突き詰めた結果、途切れたときに何も残っていない状態になっていました。効率を極めることと、途切れに耐えることは、両立しにくいという教訓です。
その後、考え方が揺り戻した
この一件以降、重要な部品については一定の在庫を持つ、調達先を複数に分けるという動きが出ています。効率だけでなく、途切れにくさにも値段がついたという理解をしています。
会社のお金を扱う立場からすると、これは大きな変化でした。在庫を持つことが、単なる無駄ではなく保険料として説明できるようになったということだからです。
いまはどうなっているのか
自動車向けの逼迫については、その後おおむね落ち着いたと言われています。増産の投資が実を結び、需要の急な振れも収まってきたためです。
ただし、半導体全体がいつも安定しているわけではありません。用途によって波があり、ある分野が足りない一方で別の分野は余っている、という状態が普通に起きます。
「半導体が足りない」「半導体が余っている」というニュースを見たときは、どの種類の話かを確かめると読み違えずに済みます。種類の分け方は半導体の種類は3つだけ覚えればOKにまとめました。
文系にとって、この話のどこが面白いのか
技術の話ではなく、判断の話として読めるところだと思っています。
正しい判断が、結果として裏目に出た
発注を絞った判断そのものは、あの時点では合理的でした。売れないと見込まれる状況で在庫を抱えるのは、経理の目から見ても避けたい選択です。
それでも結果は裏目に出ました。間違った判断をしたのではなく、前提が変わった。 この違いは大きいと感じます。
会社の数字を扱っていると、似た場面に何度も出会います。予測は必ず外れるという前提で、外れたときにどう動けるかを用意しておく。あの一件は、その教科書のような事例でした。
誰も悪くないのに全体が詰まる
面白い、と言うと不謹慎かもしれませんが、個々の関係者が合理的に動いた結果として全体が機能しなくなったという構図が印象に残りました。
作る側は採算の良い注文を優先し、買う側は在庫を減らし、それぞれ正しく振る舞っています。それでも供給が途切れる。誰かの失敗を探しても答えが出ない種類の問題でした。
いま同じことが起きたら、どこを見るか
次にこの手のニュースが出たときに、私が見ようと決めている点を挙げます。
- どの用途の話か。自動車なのか、通信機器なのか、記憶する製品なのか
- 最先端の世代の話か、それより前の世代の話か。対応できる工場の数がまったく違う
- 需要が増えたのか、供給が減ったのか。原因が違えば、収まるまでの時間も違う
- 誰の受注が増えるのか。装置と材料の会社まで連想が届くか
4番目は企業の地図の記事を書いてから身についた見方です。チップの会社だけを見ていると、ニュースの半分しか読めません。
この一件が業界に残したもの
私が働いていて感じるのは、あの時期を境に空気が変わったということです。
ひとつは、どこで作るかが国の関心事になったこと。特定の地域に集中していることの危うさが広く知られ、各国が国内での生産を後押しするようになりました。
もうひとつは、半導体という言葉が一般に知られたことです。業界の外にいる人と話すときの前提が変わりました。このサイトを始めたのも、そうした変化と無関係ではありません。
まとめ
- 原因はひとつではなく、読み違い・構造・不運が同時に重なった
- 売れなくなると読んで部品の手配を減らしたところ、市場の回復が予想を上回った
- 空いた生産の枠には、家で過ごす時間の増加で伸びた別の分野が入っていた
- 工場の建設にも生産にも年単位の時間がかかり、急な増産ができない
- 自動車向けは単価が低く、限られた設備の割り当てで優先されにくかった
- そこへ火災や寒波が重なった。精密な工程ゆえに一度止まると復旧に時間を要する
- 在庫を持たない効率重視の考え方が、途切れへの弱さとして表面化した
- その後、重要な部品は在庫や調達先の分散で備える方向へ揺り戻している
- いまも用途ごとに波はある。ニュースを読むときは「どの種類の話か」を確かめる
この出来事を追いかけたことで、私は業界の構造をようやく体で理解できました。教科書を読むより、実際に起きた混乱を分解するほうが早かったというのが正直なところです。