「半導体市況に底打ちの兆し」「シリコンサイクルの谷」
半導体のニュースを追っていると、業績の話に必ずこの「サイクル」という言葉がついてきます。好調と言われたかと思えば、翌年には在庫調整で減益。また数年すると過去最高益。まるで天気のように上下するのに、業界の人は驚いた様子がありません。
文系で経理ひとすじ、ご縁があって半導体メーカーで働くようになった私が、社内で最初に戸惑ったのがこの感覚でした。減益なのに「想定の範囲」と言われ、増益なのに「次の谷に備えろ」と言われる。この記事では、なぜ半導体には周期的な波があるのかを「作る側の時間差」と「お金の流れ」から整理し、ニュースの見出しの読み方までつなげます。
結論:シリコンサイクルとは、半導体の需要と供給が数年周期で行き来する景気の波のこと
はじめに結論を1文で置きます。シリコンサイクルとは、半導体の需要と供給のバランスが崩れては戻ることを繰り返す、おおむね3〜5年周期の景気の波のことです。「シリコン」は半導体の材料であるケイ素のことで、業界そのものを指す言い換えとして使われています。
波があること自体はどの業界にもあります。半導体が特別なのは、振れ幅が大きく、しかも周期がはっきりしている点です。なぜそうなるのかは、この業界の「作り方」を知ると見えてきます。
なぜ波ができるのか:作るのに時間がかかりすぎる
波の正体は、ひとことで言えば「時間差」です。半導体は、欲しいと思ってから手に入るまでの時間が、他の製品と比べて桁違いに長い。この時間差が、需要と供給のずれを生みます。
工場を建てるのに2〜3年、装置を待つのに1年以上
半導体不足がなぜ起きるのかの記事で書いたとおり、半導体の工場は急には増やせません。建屋を建て、露光装置のような納期の長い装置を並べ、試作して歩留まりを上げる。ここまでで2〜3年かかります。
ということは、今日「足りない」と気づいて投資を決めても、製品が出てくるのは2〜3年後です。その頃には、需要が変わっているかもしれません。
たとえ話:注文してから届くまで2年かかるパン屋
私が腑に落ちたたとえ話はこれでした。
パン屋があるとします。ただし、パンを焼くのに2年かかる。朝、行列ができているのを見て、店主は「足りない、もっと焼こう」と大量に仕込みます。2年後、パンが山ほど焼き上がる。ところがその頃には行列は消えていて、隣の店も同じことを考えて大量に焼いていた。パンは余り、値段が下がり、店主は「もう焼くのをやめよう」と決める。すると2年後、今度はパンが足りなくなる。
これがシリコンサイクルの基本形です。判断してから結果が出るまでの時間が長いほど、行き過ぎと反動が大きくなる。半導体はその時間が極端に長い産業なのです。
波を大きくする3つの要因
時間差だけなら、他の設備産業にもあります。半導体の波がとくに大きくなる理由が、さらに3つあります。
① みんなが同時に同じ判断をする
好況のときは、どの会社も「足りない」と見て一斉に投資します。不況のときは、どの会社も一斉に投資を止めます。一社ずつなら小さな判断が、業界全体で同じ方向に重なるため、供給の増減が極端になります。パン屋のたとえで言えば、町中のパン屋が同じ日に同じ決断をする状態です。
② 在庫が波を増幅する
半導体を買う側(電機メーカーや自動車メーカーなど)も、足りないときは多めに注文し、余るときは注文を止めて手元の在庫を使います。すると、最終製品の需要が少し減っただけでも、半導体メーカーへの注文はそれ以上に減ります。この「在庫の取り崩し」が、波の谷を深くします。ニュースで「在庫調整局面」と言われるのは、この段階のことです。
③ 値段が大きく動く
とくにメモリ(半導体の種類で書いたDRAMやNANDのような、規格が決まっていて各社の製品が似ている半導体)は、足りなければ値段が跳ね上がり、余れば急落します。同じ数量を売っても、値段次第で売上が何割も変わる。数量の波に値段の波が掛け算されるため、メモリメーカーの業績はとくに振れ幅が大きくなります。
お金の流れで見るサイクル
このサイトの読者は、技術より構造を知りたい方が多いはずです。サイクルの各局面で、業界のお金がどう動くかを整理します。
| 局面 | 半導体メーカー | 装置・材料メーカー | ニュースの見出し |
|---|---|---|---|
| 回復期 | 在庫が減り、注文が戻り始める。値段が下げ止まる | 装置の引き合いが増え始める | 「底打ち」「在庫調整が一巡」 |
| 好況期 | フル稼働。値上げが通り、過去最高益が出る | 受注が急増。納期が長期化 | 「品不足」「増産投資」「工場新設」 |
| 後退期 | 新工場が稼働し供給が増える。買い手は在庫を絞る | 新規受注が細り始める | 「需要減速」「価格下落」 |
| 不況期 | 減産・減益。投資を凍結 | 受注が大きく落ち込む | 「在庫調整」「赤字転落」「投資延期」 |
材料メーカー(シリコンウエハーなど)の見え方は、装置とは少し違います。材料は工場が動いている限り毎日消費されるので、装置ほど極端には落ちません。ただし工場の稼働率が下がれば注文も減るため、半導体メーカーの稼働状況を映す「同時指標」に近い位置にいます。装置は先に動き、材料は同時に動き、半導体メーカーの決算はあとから数字に出る。この時間差を知っておくと、どのニュースが「これから」の話で、どれが「もう起きたこと」の話かが分かります。
注目してほしいのは、装置メーカーの波が、半導体メーカーより先に来ることです。好況の入口では装置の注文が先に増え、後退の入口では装置の注文が先に減る。だから露光装置の受注は業界の先行指標として扱われます。半導体企業マップで見た「どの会社がどの層にいるか」を頭に入れておくと、同じニュースでも「今どの局面の、どの層の話か」が読めるようになります。
経理の目で見た、サイクルとの付き合い方
ここは私の実務からの話です。半導体メーカーの経理に来て驚いたのは、好況のときほど慎重で、不況のときほど落ち着いていることでした。
好況の利益は「次の谷を越えるための貯金」
過去最高益が出た年、社内で聞いたのは「この利益で次の谷を越える」という言葉でした。半導体は不況期に投資を止めると、次の好況で出遅れます。だから、好況で稼いだお金を、不況期にも投資を続けるために取っておくのが基本の考え方です。経理で言えば、利益が出た年に将来の設備投資の枠を確保しておく発想で、利益をそのまま使い切る会社はこの業界では長く残れません。
減益は「想定の範囲」であることが多い
逆に不況期の減益は、業界内では驚かれません。むしろ「どのくらい深いか」「いつ底を打つか」が焦点になります。ニュースの見出しで「赤字転落」とあっても、その会社が投資を続けているかどうかで、次の好況での立ち位置はまったく変わります。私は減益のニュースを見たら、業績の数字より設備投資の計画を据え置いたか、削ったかを先に見るようになりました。
「今回は違う」は毎回言われる
もうひとつ、社内の先輩から教わったことがあります。好況の頂点では、必ず「今回は需要が構造的に変わったから、波は来ない」という声が出るそうです。過去にもパソコン、スマートフォン、データセンターと、そのたびに言われてきた。実際に需要の底上げはあったけれど、それでも波は来た。「今回は違う」を聞いたら、サイクルの頂点が近いサインだと、半分冗談、半分本気で言われました。
サイクルは「なくなる」のか
最近は「サイクルが穏やかになった」という見方もあります。理由として挙げられるのは、次のような変化です。
- 用途が多様化した(パソコンだけ、スマホだけ、という一本足ではなくなった)
- 先端品は作れる会社が少なく、無秩序な増産が起きにくい
- 長期契約で数量と値段を決める取引が増えた
一方で、工場を建てるのに時間がかかるという根本は変わっていません。波の高さは以前より小さくなったとしても、「時間差がある限り、波はなくならない」というのが業界の大方の見方です。私も経理の数字を見ている限り、年によって受注の勢いが明らかに違うので、波は続いていると感じています。
ニュースの見出しを、サイクルで読み直す
最後に、この記事の内容を使って見出しを読み直す練習をします。
- 「半導体大手、過去最高益」→ 好況期。次に見るべきは、その会社が投資をどう計画しているか
- 「装置メーカーの受注が減少」→ 後退期の入口の可能性。半導体メーカーの業績はこの後に続く
- 「在庫調整が長期化」→ 不況期。買い手が手元の在庫を使い切るまで注文は戻らない
- 「メモリ価格が反転」→ 回復期のサイン。値段が先に動き、業績があとから追いつく
見出しの言葉が「どの局面の話か」を仕分けるだけで、同じニュースの重みが変わります。業界の人が減益に驚かないのは、冷めているからではなく、波のどこにいるかを知っているからでした。
用語の整理
- シリコンサイクル … 半導体業界に周期的に訪れる、好況と不況の繰り返し
- 在庫調整 … 買い手が注文を止めて手元の在庫を使い切る局面。谷を深くする
- 先行指標 … 業界全体より先に動く数字。装置の受注がその代表
- 設備投資 … 工場や装置にお金を使うこと。半導体では不況期に続けられるかが勝負
- メモリ市況 … DRAMやNANDの取引価格の動き。数量の波に値段の波が重なる
まとめ
- 半導体には3〜5年周期の景気の波があり、業界ではシリコンサイクルと呼ばれる
- 原因は「判断から結果まで2〜3年かかる」時間差。行き過ぎと反動が交互に起きる
- 各社が同時に同じ判断をすること、買い手の在庫の増減、値段の急変が、波をさらに大きくする
- 装置・材料メーカーの受注は半導体メーカーより先に動く。だから先行指標になる
- 好況の利益は次の谷を越える貯金。不況期に投資を続けられるかで次の順位が決まる
- 「今回は波が来ない」という声は、頂点が近いサインとして業界では聞かれる
- 波は以前より穏やかになったとしても、工場に時間がかかる限りなくならない
この記事は「業界の時間の流れ方」を扱いました。作り方の地図、企業の地図に、時間軸という3つ目の座標が加わったイメージです。次に「減益」や「過去最高益」の見出しを見たら、まず「今どの局面か」を考えてみてください。それだけで、業界の人と同じ落ち着きで数字を眺められるはずです。
工場が急に増やせない理由は 半導体不足はなぜ起きるのか で、業界の各層にどの会社がいるかは 半導体企業マップ で整理しています。サイクルの局面と、どの層のニュースかを組み合わせて読むと、見出しの意味がはっきりします。