半導体のニュースを読んでいると、必ずこの言葉が出てきます。
ムーアの法則
法則という名前がついているので、私は最初、物理の法則のようなものだと思っていました。重力とか、そういう類の。
調べてみると、まったく違いました。これは自然界の決まりごとではなく、業界が自分たちで掲げてきた目標に近いものでした。そう理解した瞬間に、この業界のニュースの見え方が変わります。
文系の私が腑に落ちた順番で説明します。
結論:これは「予測」であって、自然の法則ではない
もとになったのは、半導体の分野で経営者だった人物が、半世紀以上前に書いた文章です。当時までの傾向を見て、同じ面積に載せられる部品の数が、一定の期間ごとにおおよそ倍になっていくと述べました。
それが実際に長く当たり続けた。だから法則と呼ばれるようになりました。
ここで大事なのは、当たり続けたのは自然にそうなったからではないという点です。業界がその見通しに合わせて投資と開発を進めた結果、そうなった側面があります。
目標として機能してきた
これが文系にとっていちばん面白いところでした。予測が、業界共通の目標として働いてきたということです。
各社がその速度に合わせて設備投資の計画を立て、材料や装置を作る会社もその前提で開発を進める。足並みをそろえるための共通の物差しになっていたわけです。
経理として予算を組む立場から見ると、これは腑に落ちます。将来の目標が業界で共有されていれば、各社が個別に読み合う必要が減ります。不確実性を減らす装置として働いていた、という見方ができます。
そもそも、なぜ小さくすると良いのか
ここを押さえておかないと、なぜそこまで必死なのかが分かりません。
部品を小さくすると、次の三つが同時に良くなります。
- 速くなる:信号が動く距離が短くなる
- 電気を使わなくなる:小さいものを動かすほうが少ない力で済む
- 安くなる:同じ大きさの板から取れる数が増える
三つ目が、経理の目からは分かりやすい話です。1枚の板を作る費用がほぼ同じなら、そこから取れる個数が増えるほど、1個あたりの原価は下がります。
この仕組みそのものは半導体って結局なに?にも書きました。土台になる板の話はシリコンウェハーとは?にあります。
なぜ「限界」と言われるようになったのか
近年のニュースでは、続かなくなってきたという文脈で語られることが増えました。理由は大きく二つに整理できます。
物理的に、小さくする余地が減ってきた
細かくしていくと、扱っているものの大きさが原子の並びに近づいていく。そこまで来ると、これまでの延長でただ縮めるという話が通用しなくなってきました。
専門的な中身は私には説明できませんが、これまでと同じやり方では進めない領域に入ってきたという理解をしています。
費用が跳ね上がった
こちらは文系にも分かる話です。先端の工場を建てるのに必要な金額が、桁違いに大きくなりました。
設備が高額になれば、それを回収できるだけの数を売らなければなりません。結果として、先端の領域で勝負できる会社は限られていきました。
技術的に可能かどうかとは別に、採算が合うかどうかで進み方が決まる局面に入ったということです。この構造は業界の勢力図にも直結していて、誰がどこに立っているかは半導体の会社、どこが何を作ってる?にまとめました。
では、進歩は止まったのか
ここが誤解しやすい部分です。止まったわけではなく、進み方の向きが変わりました。
平面から、積み上げる方向へ
横に細かくするのが難しいなら、縦に重ねればいい。この発想での開発が進んでいると言われます。土地が足りなくなったら建物を高くする、という話に近い理解をしています。
仕上げの工程が競争の場になった
もうひとつが、作り込んだあとの工程です。切り分けて組み立てる部分は、かつては「作り終えたあとの作業」と見られていました。
そこに手を入れることで全体の性能を上げる方向が注目されています。複数のチップを組み合わせて一つの部品のように扱うやり方が代表的です。工程全体の流れは前工程・後工程の記事にあります。
用途に合わせて設計する方向
汎用的に何でもこなす部品より、特定の用途に絞って設計した部品のほうが効率がいい場合があります。全体を一律に速くするのではなく、必要なところを重点的に、という考え方です。
「◯年で倍」の数字を、暗記する必要はない
調べていると、期間の表現が資料によって違うことに気づきます。1年半とするものもあれば、2年とするものもあります。
最初は「どれが正しいのか」と気になりました。今は、そこはあまり本質ではないと考えています。
もともとが観察にもとづく見通しなので、時期によって当てはまり方が変わります。大事なのは正確な年数ではなく、決まった間隔で倍増していくほどの速さで走り続けてきた業界だ、という事実のほうです。
この感覚があると、たとえば「性能の向上が鈍化している」という記事を読んだときに、何と比べて鈍化なのかが分かります。基準を持っているかどうかの差です。
この流れが変わると、生活の何が変わるのか
業界の話として読むと他人事になりますが、身近なところにも影響します。
買い替えの周期が変わる
これまでは、数年で機器の性能が目に見えて上がっていました。だから買い替える理由がありました。
その進み方が緩やかになれば、同じ機器を長く使うようになります。実際、手元の端末を以前ほど頻繁に替えなくなったと感じている方は多いのではないでしょうか。
価格の下がり方が緩やかになる
小さくすることで原価が下がってきた構造が効きにくくなれば、値段の下がり方も鈍ります。安くなるのを待つ、という買い方が通用しにくくなる可能性があります。
競争の軸が移る
性能の数字だけで差がつきにくくなれば、使い勝手や、特定の用途への最適化が競争の場に変わっていく。どの会社が伸びるかという構図も、それに合わせて動きます。
私が業界のニュースを追うときに見ているのは、まさにこの部分です。技術そのものではなく、技術の変化が力関係をどう動かすか。管理部門にいる人間にとっては、こちらのほうが実務に近い話でした。
ニュースを読むときに、この話がどう効くか
私がこの知識を使う場面を挙げます。
「限界」という見出しを、そのまま受け取らない
限界という言葉が出てきたら、何の限界なのかを確かめるようになりました。同じやり方で縮める限界なのか、業界の進歩そのものの限界なのか。たいていは前者です。
投資の話として読む
工場を建てる、建てないというニュースは、そのまま装置と材料の会社の受注に跳ね返ります。誰の売上が増えて、誰の予算が減るのかという視点で読むと、記事のつながりが見えてきます。
国の政策の文脈を理解できる
先端の設備に巨額が要るという構造を知っていると、なぜ各国が支援に乗り出しているのかが腑に落ちます。一社の努力で担える金額ではなくなったことが背景にあります。
文系がこの言葉とどう付き合うか
最後に、私自身の距離感を書きます。
技術の中身を理解しようとすると、すぐに手が届かなくなります。私は早い段階でそこをあきらめました。代わりに、この法則を「業界がどれくらいの速さで走ってきたかを表す指標」として使うことにしています。
その速度が落ちてきたなら、業界の何が変わるのか。投資の判断が変わり、勝てる会社が変わり、必要とされる技術が変わる。変化の中身ではなく、変化が何を引き起こすかを追う。 管理部門にいる立場では、こちらのほうが実務に効きます。
社内の会話でこの言葉が出たとき、以前は黙って聞いているだけでした。今は、少なくとも何の話をしているかは分かります。それだけでも、ずいぶん違います。
まとめ
- 自然界の決まりごとではなく、半世紀以上前に示された見通しが当たり続けたもの
- 当たり続けた背景には、各社がその速度を前提に計画を組んできたという事情がある
- 共通の目標として働き、各社が足並みをそろえる物差しになっていた
- 小さくすると速さ・消費電力・原価が同時に改善する。だから各社が競ってきた
- 近年は、これまでの延長で縮めることが難しくなり、設備の費用も跳ね上がった
- できるかどうかより、元が取れるかどうかが歩みの速さを決める段階に来ている
- 進歩が止まったのではなく、積み上げる方向、仕上げの工程、用途を絞った設計へ向きが変わった
- 見出しに限界と出ていたら、何の限界を指しているかを確かめる
- 設備投資のニュースは、装置と材料の会社の受注として読める
言葉の意味を知るだけでは、たいして役に立ちません。その言葉が業界の何を動かしてきたのかまで分かると、ニュースが立体的になります。 技術が分からなくても、ここまでは追いつけました。