「EUV露光装置を導入」「露光装置の受注が回復」

半導体のニュースを追いはじめると、この「露光装置」という言葉に何度も出会います。しかも文脈がやたらと大げさです。1台で数百億円、作れるのは世界で1社、輸出が外交問題になる。装置ひとつの話なのに、国と国のニュースになっている。

文系で経理ひとすじ、ご縁があって半導体メーカーで働くようになった私も、最初は「印刷機みたいなものらしい」という理解で止まっていました。ところが社内の会話を聞いているうちに、この装置が半導体づくりの心臓部であり、業界の力関係を決めている存在だと分かってきました。

この記事では、露光装置が何をする機械なのかを「光で回路を印刷する」というたとえで説明し、そのうえで、なぜオランダのASMLという会社だけが特別扱いされるのかを、技術ではなく構造とお金の流れの側から整理します。

結論:露光装置とは、回路の設計図を光でウエハーに焼き付ける装置

はじめに結論を1文で置きます。露光装置とは、半導体の回路パターンを、光を使ってシリコンの円盤(ウエハー)に転写する装置のことです。

半導体の製造は、まっさらな円盤に回路を描き込む「前工程」と、それを切り分けて製品に仕上げる「後工程」に分かれます。露光は前工程の真ん中にある作業で、前工程・後工程の違いをまとめた記事では「絵を描き込む段階」と呼んだ部分の、まさに描く瞬間を担当しています。

身近なたとえは「日光写真」と「版画」

仕組みは、子どものころにやった日光写真に近いものです。光に反応する紙の上に型紙を置き、日に当てると、型紙で隠れていなかった部分だけが色を変える。露光装置がやっているのは、まさにこれです。

  • 光に反応する紙 … ウエハーの表面に塗られた「フォトレジスト」という薬剤
  • 型紙 … 回路の設計図が描かれた「マスク(レチクル)」というガラス板
  • 日光 … 装置の中の光源から出る、特定の波長の光

光を当てたあと、反応した部分(または反応しなかった部分)を薬品で洗い流すと、ウエハーの上に設計図どおりの模様が残ります。この模様に沿って削ったり材料を積んだりする作業を何十回も繰り返して、回路が立体的に組み上がっていく。露光は、その毎回の「型を写す」役目を担っています。

版画で言えば、露光装置は版を紙に押し付ける「プレス機」です。版そのもの(マスク)は別の会社が作りますし、インク(フォトレジスト)も別の会社が作ります。プレス機だけを作っているのが、露光装置メーカーというわけです。

なぜ「細かく描ける装置」ほど価値が高いのか

露光装置の価値は、ひとことで言えばどれだけ細い線を描けるかで決まります。

半導体は、同じ面積により多くの回路を詰め込むほど性能が上がり、1個あたりのコストが下がります。この「詰め込み競争」の歴史が、ムーアの法則の記事で書いた業界の進み方そのものです。そして詰め込むためには、線を細く描かなければならない。線を細く描く能力は、ほぼ露光装置の能力で決まります。

細い線を描くには、細い「ペン」が要る

ここで光の性質が効いてきます。光には波長という「太さ」のようなものがあり、波長より細い線を描くのは原理的に難しい。つまり、より細い線を描きたければ、より波長の短い光を使う必要があります。

露光装置の歴史は、この「ペンを細くする」歴史でした。かつては水銀ランプの光を使い、次に紫外線のレーザー光へ、さらにその波長を短くしていき、水を挟んで解像度を上げる工夫(液浸)まで加わりました。それでも足りなくなって登場したのが、次に説明するEUVです。

EUVは「ほとんど見えない光」で描く

EUVは「極端紫外線」の略で、波長が13.5ナノメートルという、それまでの光の10分の1ほどの短さの光です。ナノメートルは100万分の1ミリなので、想像できる範囲を超えた細さです。

この光は、空気にすら吸収されてしまいます。だから装置の中は真空にしなければならず、ガラスのレンズも使えないため、特殊な鏡だけで光を曲げて運びます。光を作ること自体も難しく、金属の粒にレーザーを当てて発光させる仕組みになっています。

要するに、EUV露光装置は「光を作る」「真空で運ぶ」「鏡で正確に曲げる」「ずれなく写す」という難題を、1台の中で同時に解いている機械です。技術の細部を知らなくても、これだけ条件が厳しい機械は、作れる会社が限られることは想像がつくと思います。

ASMLが「世界で1社」と言われる理由

ここからが、このサイトの読者にいちばん伝えたい部分です。ニュースで「ASML」の名前が特別扱いされるのは、EUV露光装置を量産して供給できる会社が、世界でこの1社しかないからです。

技術の壁より、投資の壁

なぜ1社になったのか。技術が難しいから、というのは半分の答えです。もう半分は、経理の目で見ると分かりやすい話で、開発にかかるお金と時間が長すぎて、途中で降りた会社が多かったのです。

EUVの研究は、実用化まで20年以上かかったと言われます。その間、売上はゼロで、費用だけが出ていきます。経理の立場で言えば、20年赤字を掘り続ける事業計画に承認を出し続けるのは、ふつうの会社ではまず無理です。ASMLは、大口の顧客である半導体メーカーから出資を受ける形でこの期間を乗り切りました。顧客がお金を出してでも装置を作ってほしいと考えた、という構図です。

装置は「部品の寄せ集め」ではなく「取りまとめ」の産物

もうひとつの誤解を解いておきます。ASMLはEUV装置の部品をすべて自社で作っているわけではありません。光を曲げる鏡はドイツの光学メーカーが作り、光源の技術は買収した会社のものです。細かな部品は世界中の会社から集められています。

つまりASMLの強みは、部品を作る力ではなく、世界中の最先端の部品を設計どおりに組み上げ、1台の装置として動かす「取りまとめ役」の能力にあります。オーケストラの指揮者のような立場で、どの楽器も一流でなければ曲は成立しませんが、指揮者を替えることもまた難しい。だから代替が効かない、というわけです。

日本の露光装置メーカーはどうなったのか

ここは日本の読者として気になる点だと思います。露光装置は、かつて日本のカメラメーカー2社が世界をリードしていた分野でした。カメラで培ったレンズの技術が、そのまま露光装置の心臓部に使えたからです。

現在も両社は露光装置を作り続けていますが、EUVの開発競争には加わっていません。理由を一言でまとめれば、前述の「20年分の赤字を掘り続ける」判断を、経営としてしなかった、あるいはできなかったということになります。ただし、EUVを使わない世代の装置には今も需要があり、そこで両社は存在感を保っています。最先端だけが市場ではない、という点は覚えておくと業界ニュースが読みやすくなります。

お金の流れで見る露光装置

このサイトの読者は、技術より構造を知りたい方が多いはずです。露光装置をめぐるお金の流れを整理します。

立場 役割 お金の動き
露光装置メーカー 装置を設計・組立し、納入後も保守する 装置の売上に加え、保守やアップグレードで継続収入
半導体メーカー(ファウンドリなど) 装置を買って工場に並べ、チップを製造する 1台あたり数百億円規模と報じられる投資。設備投資の中心
部品・材料メーカー 鏡、光源、精密部品、マスク、レジストを供給 装置メーカーや半導体メーカーへの販売

表の中でいちばん大きな金額が動くのは、真ん中の行です。半導体メーカーの設備投資は年間で何兆円という規模になることがあり、その中で露光装置は1台あたりの単価がもっとも高い部類に入ります。工場を1つ建てるとき、露光装置を何台入れるかが、投資額の骨格を決めると言っても大げさではありません。

注目してほしいのは、装置メーカーが売って終わりではない点です。露光装置は納入後も調整と保守が欠かせず、装置メーカーの技術者が工場に常駐することも珍しくありません。装置の売上のあとに、長い保守収入が続く。経理の目で見ると、これは非常に安定した事業構造です。

なぜ「装置の受注」が景気の先行指標になるのか

ニュースで「露光装置の受注が回復」と報じられると、半導体業界全体の見通しとして受け止められます。理由は順番にあります。

  1. 半導体メーカーは、将来の需要を見込んで工場の増強を決める
  2. 工場の増強で真っ先に発注されるのが、納期の長い露光装置
  3. 装置が届き、工場が動き、チップが出荷されるのは、その1〜2年後

つまり露光装置の受注は、半導体メーカーが1〜2年先の需要をどう見ているかを映す鏡です。半導体不足がなぜ起きるのかの記事で書いた「工場は急には増やせない」という話の、いちばん時間のかかる部分が、この装置の納期にあたります。

なぜ輸出が外交のニュースになるのか

最後に、冒頭で触れた「装置ひとつが国際問題になる」話です。

最先端の半導体を作るには、最先端の露光装置が要ります。そして最先端の装置を作れる会社は1社。ということは、その1社の装置をどの国に売るかを止めれば、その国の最先端半導体の製造そのものを止められることになります。

これが、露光装置の輸出が各国の安全保障の議題に上がる理由です。技術を守るというより、製造の入口を押さえる、という発想です。装置メーカーからすれば売り先が減るので歓迎できる話ではありませんが、会社の判断だけでは決められない領域に入っています。

ここで押さえておきたいのは、この構図が「ASMLが強い」から起きているのではなく、「代わりがいない」から起きていることです。代替の効く製品なら、輸出を止めても別の会社から買えば済みます。代替が効かないものは、それ自体が交渉の道具になる。露光装置は、その典型例として理解しておくと、今後の業界ニュースの読み方が変わります。

用語の整理

  • 露光 … 光を当てて、回路の模様をウエハー上の薬剤に写すこと
  • フォトレジスト … 光に反応する薬剤。写真フィルムの感光剤に相当
  • マスク(レチクル) … 回路の設計図が描かれた型紙にあたるガラス板
  • 波長 … 光の「太さ」のようなもの。短いほど細い線を描ける
  • EUV … 極端紫外線。波長13.5ナノメートルの光を使う最先端の露光方式
  • 液浸 … レンズとウエハーの間に水を入れて、解像度を上げる工夫

まとめ

  • 露光装置は、回路の型紙を光でウエハーに焼き付ける「プレス機」。前工程の中核にある
  • 描ける線の細さが装置の価値そのもので、細くするには光の波長を短くするしかない
  • 極端紫外線を使う装置は、真空・鏡・特殊な光源という難題を1台で解いている
  • この装置を量産できるのはオランダの1社だけ。理由は技術に加えて、20年規模の投資に耐えた点にある
  • 強みは部品づくりではなく、世界の一流部品を1台にまとめ上げる取りまとめの力
  • 日本の2社は先端世代には参加していないが、それ以外の世代では今も現役
  • 装置の注文が増えるか減るかは、チップを作る側が先々の需要をどう読んでいるかを映す
  • 代替がいないからこそ、輸出そのものが国際交渉の材料になる

この記事は「作り方のかたち」の続きで、作るための道具に焦点を当てました。前工程・後工程の地図に、道具の欄がひとつ加わったイメージです。次に業界ニュースで「露光」の文字を見かけたら、それは装置の話なのか、材料の話なのか、輸出の話なのか。どの箱の話かを仕分けるだけで、記事の読みやすさが変わるはずです。

半導体の製造の全体像は 半導体ができるまで|前工程・後工程の違い で、業界の主要企業がどこに位置しているかは 半導体企業マップ で整理しています。露光装置がどの段階で、どの会社に関わる話なのかは、この2枚と合わせて読むと見通しが良くなります。